詩篇46篇「力を捨てよ」

 

1節の詞書に「アラモト調」とありますが「アラモト」とは「乙女たち」といういう意味です、しかし神殿では女性の聖歌隊はいませんでしたから、おそらくボーイソプラノで歌われる曲ということなのでしょう。神殿にはコラ族の聖歌隊の他に天使の歌声と言われるウィーン少年合唱団のような少年による聖歌隊があったかもしれません。

この詩の背景になっている出来事はおそらくBC701年のアッシリアの王セナケリブによるエルサレム包囲と、それからの奇跡的な救いであると考えられます。

この詩篇の作者は8,12節(イザヤ7:14、8:8,10参照)のインヌマエルの思想からしてイザヤかあるいはイザヤの影響を強く受けて人であろうと考えられます。

 

46:2「神はわたしたちの避けどころ、 わたしたちの砦。 苦難のとき(*1)、必ずそこにいまして助けてくださる。」

 宗教改革者マルチン ルターはこの詩篇46篇、とくに2,3節のみ言葉から希望の讃美歌317番(日基267番)を作詞作曲しました。彼はこの詩篇46篇、そして自ら作詞作曲した歌によって宗教改革を進めたのです。宗教改革は生易しいものではありませんでした。当時の教会からは悪魔の権化のように非難されました。当時のある教会の記録によるとルターの妨害により教会建築費用が集まらず50年も教会建築が出来なかったと記されています、ある時は身の危険感じてヴァルトブルク城に籠城しなければなりませんでした。一方「行いによる救い」ではなく、「信仰による救い」を説いたことで、一時的ではありますが、酔っ払いが多く現れ社会問題にもなったようです。

ルターはどんな思いでこの詩篇を読み、「神はわがやぐら わが強きたて 苦しめる時の 近きたすけぞ おのが力 おのが知恵を 頼みとせる 悪しき世にも われ恐れなし」の賛美歌を歌ったであろうか。

 

 「避けどころ」、それは神は私たちにとって最も安全な逃げ込む場所です。神はめん鳥が雛を守るように優しく、しかもしっかりと守って下さる方です。それは敵が攻め込むことの出来ない要塞であるばかりでなく近寄ることさえ出来ない場所です。さらに「砦」とは口語訳では「力」と訳しているように、積極的に敵を滅ぼすことのできる力を意味します。私たちの信じる神は「避けどころ」であるばかりでなく、苦難に立ち向かう勝利の「力」でもあるのです。

 「主は恵み深く、苦しみの日には砦となり 主に身を寄せる者を御心に留められる」(ナホム1:7)のみ言葉を思います。

 

 「苦難のとき」、それは国家存亡の苦難の時を意味します。アッシリアの王セナケリブがユダの国に戦いを挑み、「ユダの砦の町をことごとく占領」(*2)(U列王18:13)し、ユダの首都エルサレムに迫りました。エルサレム陥落は時間の問題と思われました。一部の者はエジプトに助けを求めようとしました。しかしイザヤはヒゼキヤ王に「主はアッシリアの王についてこういう言われる。彼がこの都に入場することはない。主は言われる。この都を守り抜いて救う」(U列王19:32:−34)と力強く主の言葉を伝えます。そして主は一夜にしてアッシリア軍18万5千人を撃たれたのです。

 

 「必ずそこにいまして助けてくださる」、神は遠くにいて助けて下さるのではなく、困難に直面している私のすぐ近くにいて助けてくださるというのです。何と力強くありがたい約束でしょう。ロマ8:31「……もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか」のみ言葉を思います。当時のユダヤ人はそれを体験したのです。

 このような歴史的な出来事を目撃したイザヤかあるいはイザヤの近くにいた詩人がこの詩篇46篇を書いたに違いありません。それ以来ユダヤ人は大きな艱難に遭遇する度に、あるいは日常的に神の守りを忘れないためにこの詩篇46篇をボーイソプラノで声高らかに歌ったことでしょう。もしそれが天使の歌声のような少年の聖歌隊によって歌われたとするなら想像するだけでも心がわくわくします。私たちもどんなに落胆し、苦しい状況に陥った時も、この詩を歌うと元気と勇気が湧いてくるのではないでしょうか。

 

46:3「わたしたちは決して恐れない 地が姿を変え 山々が揺らいで海の中に移るとも」

46:4「海の水が騒ぎ、 沸き返り その高ぶるさまに山々が震えるとも」

 3,4節で不動の象徴である山々が揺らぎ,震え海の中に移るような前代未聞の出来事に遭遇しても「決して恐れない」と信仰告白できるのは、既に神の守りと導きを体験しているからです。内村鑑三の「人生の苦難こそ、聖書の最良の注解書である」の言葉を思います。

 

46:5「大河とその流れは、神の都に喜びを与える。 いと高き神のいます聖所に。」

 「大河」は神の豊かな恵みと守りの象徴です。世界四大文明は大河の流れのほとりに生まれました。

昭和の大工事と言われた愛知用水、しばしばの旱魃に苦しむ愛知県知多半島の22万人の住民を救うことになりました、その用水の取口には「この水の行く所に幸あれ」と刻まれた碑があります。

エルサレムは丘の上の町で大河はありません。水のあるところはシロアムの池です。今も観光のスポットになっています。水はとうとうと流れてはいませんがどんな日照が続いても涸れることはありません。エデンの園に四つの川があり(創世記2;10−14)、天国にも「命の水の川」(黙示録22:1)があると記されています。乾燥したユダヤの地(*)に住む人々にとって水の流れている川は命の象徴であります。たとえ小さなシロアムの池の水であってもそれがどんな時にも涸れないならエルサレムの住民にとって「命の水の川」であり「大河」であります。

そして「主は常にあなたを導き、....あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる」(イザヤ58:11)のみ言葉を思います。

 

 イエスはサマリヤの女にわたしは「永遠の命に至る水」(ヨハネ4:14)であると言われました。わたしは「永遠の命に至る水」の大河の側にいながら十分それを頂いているであろうか、汚染された水で満足してはいないであろうかと反省するものです。

 

46:6「神はその中にいまし、都は揺らぐことはない。 夜明けとともに 神は助けを与えられる。」

 「神はその中にいまし」、神は聖所、すなわち命の水の源流におられ、そこから命の水が流れ出ているのです(黙示録22:1参照)。

 「夜明けとともに」、戦いは夜明けとともにはじまります。世界最強のアッシリア軍がときの声をあげて攻めて来るのではないかと恐れていた人々に伝えられたメッセージはアッシリア軍の全滅でした。聖書は「その夜、主の使いが現れ、アッシリアの陣営で18万5千人を撃った。朝早く起きてみると、彼らは皆死体となっていた」(U列王19:35)と記しています。

 

46:7「すべての民は騒ぎ、 国々は揺らぐ。 神が御声を出されると、 地は溶け去る。」

 「地は溶ける」、「地は廃墟となる」とも訳せる言葉で、地が溶ける状態は具体的にどのようなことか想像するのが難しい。言葉では表すことのできない恐ろしいほどの廃墟を表すのでしょうか。私にとってこの言葉は大都市名古屋の町が空襲で焼け野原になった恐ろしい光景を思い出します。 

 

46:8万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。」

 「主はわたしたちとともにいます」、インマヌエルです。イエスは「インマヌエルと呼ばれる」(マタイ1:23、イザヤ4:14))とあります。インマヌエルの神は、

@ヤコブがエサウから逃れて不安な旅に出発した時、神はともにおられることを約束されました(創世記28:15)

Aヨセフがエジプトでの苦難な日々に耐える事が出来たのは主がともにおられたからです(創世記39:2,3)

Bモーセが民をエジプトから導き出す働きにも主がともにおられました(出エジプト3:12)

 そうです、インマヌエルの神は人生の旅路に不安を感じる時、耐え難い困難な日々の生活に押しつぶされそうになるとき、そして自分にはとても出来そうにもない大きな仕事をしなくてはならない様なとき、ともにいてくださる神です。そして、マタイはイエスのこの地上での最後の言葉として「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)と記しています。インマヌエルの神です。何と素晴らしい約束でしょう。

 

 「ヤコブの神はわたしたちの砦の塔」、イスラエル神とは言わず、ヤコブの神との言葉に心惹かれます。ヤコブのベテルの経験(創世記28:10−15)、そしてヤボクの渡しの格闘(創世記32:23−31)の経験を踏まえての言葉でしょう。

 

46:9「主の成し遂げられることを仰ぎ見よう。 主はその地を圧倒される。」

 主がこの私になさったことを思う時、感謝の念にかられます。誰しも、過ぎし歳月の中で、一度や二度、命を落とすような経験をされたのではないでしょうか。

私自身もいくつかあります。昭和20年1月の西三河の大地震100軒足らずの小さい部落で23人も亡くなり,けが人はもっと多くいました。叔父の家の乳牛が建物の下敷きになり「モーモー」と鳴きながら死にました(その時、苦しんでいる牛を大人たちはなぜ助けないのかと思いましたが、牛どころではなく人間を助けるために懸命に働いていたのです)、一方叔父の家族と私の家族は怪我一つすることなく助かりました。

同じ年の夏、米軍の艦載機にパイロットの顔が見える至近距離から狙われ、橋の下に逃げ込み、やっと命拾いしました。家に帰ったら干してあった洗濯物が機関銃の弾で穴だらけになっていました。今も耳元をかすめた機関銃の弾の音が忘れず戦争映画は苦手です。

中3の時父と弟で中日スタジアムでの中日対巨人戦の観戦中火災が発生し、多くの負傷者、死者も出ましたが、弟は履いていた下駄の片方、私は学生帽を失っただけでした。その他私の気づかないところで多く守られたことでしょう。まさに「主の成し遂げられることを仰ぎ見よ」です。

「神が我々を導いてこられた道を忘れない限り、将来何も恐れるものはありません。」のホワイト夫人の言葉を思います。

 

46:10「地の果てまで、戦いを断ち、 弓を砕き槍を折り、盾を焼きは払われる。」

 いまだこのみ言葉は成就していません。イエスの再臨まで成就しないのでしょうか。世界のどこかで絶えず紛争、戦争は絶えません。イスラエルとパレスチナの紛争、それはダビデ(イスラエル)、ゴリアト(ペリシテーパレスチナ)時代から未だに続いています。少年時代の戦争体験をした者として一日も早くこのみ言葉の成就を祈る者です。

 

それにしても、湾岸戦争の最中、ある安息日ロンドンのSDA教会に出席しました。その時の牧師の祈りに心打れました、「神よ、罪のなせる業である戦争を一日も早く終わらせてくさい」と。その時私は平和な日本でこの牧師の祈りを日々真剣に祈らなくてはならないと決心しました。

 

46:11「力を捨てよ、知れ わたしは神。国々にあがめられ、 この地であがめられる。」

 「力を捨てよ、知れ わたしは神」、口語訳では「静まって、わたしこそ 神であることを知れ」と訳され親しまれています。静まることは具体的には、己の力を捨てることなのです。この言葉はイザヤ7:4「.落ち着いて静かにしていなさい。恐れることはない。」に通じるものです。

TVドラマの水戸黄門の最後の場面「静まれ、静まれ、この紋所が目に入らないのか!」の場面を思います。あの印籠はたしかに力はありますが、僅かな人しか平伏しません、しかし主が現れる時全世界の人々が主の御前で静まって、畏れかしこむのです。その日が一日も早く来ますように祈るものです。

 

46:12「万軍の主はわたしたちと共にいます。 ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。」

 最後は8節と同じ言葉で締めくくっています。「主はわたしたちと共にいます」、インマヌエル!これが詩篇記者イザヤの信仰告白なのです。終末時代に生きる私たちの信仰告白でもあるのです。

イエスは「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイ28:20)と約束してくださったのですから。

 

 

*1)「苦難の意味」、戦国時代の武将の一人山中鹿之助は「我に七難は八苦を与えたえ」と祈願したという。それは苦難そのものを求めたのではなく、自分に降りかかる苦難、艱難によって人間として大きく成長することを求めての言葉と言えるでしょう、まさに「艱難汝を玉とする」です。尚、この格言は漢語調なので漢籍に基づくものと思っていましたが、英語の“Adeversity makes a man wise(「逆境は人を賢くする」)の意訳という。格調の高い名訳中の名訳といえましょう。戦前の修身の教科書には必ず登場しました。

 

私たちにとって「苦難」は「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである。あなたがたは、これを鍛錬として忍耐しなさい。神は、あなたがたを子として取り扱っておられます。いったい、父から鍛えられない子があるでしょうか」(ヘブル12:5−7)。 さら「…….神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」(Tコリント10:13)、備えられている「逃れの道」とはインヌマエルの神が私たちの試練のただ中におられることなのです。

 

*2)セナケリブの碑文(角柱、セナケリブ年代記)にはユダの堅固な城壁を有する46の都市とその周辺の小都市をことごとく占領し、捕虜20万150人、貢物として銀30タラントを得たと記している。

 

*3)イスラエル旅行でマッサダの要塞跡を見学した時、ガイドが繰り返し水分を取るように注意されました。実は1週間前、ここを案内していた団体の中の一人が脱水状態で倒れ、大変な状態になったとのこと。当日はそれほど暑く感じない日であったそうです。乾燥地の恐ろしさをガイドはくどいほど注意していました。体内の水分の10%を失うと命が危険になるそうで、老人、子供は5%でも重篤になるという。老衰死の多くも脱水死とのこと。命の水の意味を思います。